芦辺 拓『名探偵博覧会 真説ルパン対ホームズ』
1) 原書房 刊 / 四六判ハード / 2000年4月25日付初版 / 本体価格1800円 / 2000年5月3日読了

原書房版 古今東西の名探偵が一堂に会した、パスティーシュ作品集。「《ホテル・ミカド》の殺人」以来著者が書き継いできたパスティーシュ作品の集大成である。

真説ルパン対ホームズ
本書のための書き下ろし作品
 舞台は1900年のパリ、万国博覧会会場。川上音二郎一座の花形・貞奴が芝居上演のさなかに、さる富豪から贈られた首飾りを盗まれ、代わりに彼女の胸許にはアルセーヌ・ルパンの署名を施したカードが挿された。まだ名を成す前の若きルパンは成功に欣喜雀躍とするが、世間の酷評、その挙句に次いで発生した博覧会の展示品であった大仏までも彼が盗んだとする説が流布したことに嘆き、憤る。更に、リュミエール兄弟が日本に於いて撮影した活動写真のフィルムが盗難されるに及んで、ルパンの悪評は否応なく高まってしまう。歯噛みするルパンだったが、リュミエール兄弟がフィルムの奪回を、当時イギリスにて活躍していたシャーロック・ホームズに依頼したことから、事態は意外な展開を見せ始めた――
[深川's Review]
 仕掛けは凡庸、というか前例が一つ二つ思い浮かぶのだが、それをこの時代と舞台に置き、虚実織り交ぜた登場人物によって世界観を確立させたこと、そして当時ならではの動機を設定したことで唯一無二の存在意義を得ている。中盤で行われるルパンとホームズの丁々発止の駆け引き、終盤の趣向に満ちた謎解き、前編に横溢する冒険感覚、そして仄かな彩りを添えるロマンスなど、所謂探偵もののエッセンスを余すところなく盛り込んだ意欲作。これ一作のみでも本書を読む価値はあるだろう――ただ、こういう懐古的な作風に意義を見いださない向き以外には、と付け加えねばならないだろうが。
大君殺人事件 またはポーランド鉛硝子の謎
本書のための書き下ろし作品
 雑誌業界の麒麟児・クラムリー・パンコットが、彼の見いだした作家・レイモン・F・キンメルの仕事場で屍体となって発見された。マーカム検事の要請に応じて出動したファイロ・ヴァンスは、現場検証の中でキンメルに関するある事実をあっさり看破し、相も変わらぬ快刀乱麻ぶりを見せつける。だが、彼に先んじて容疑者の訊問を行った《思考機械》ヴァン・ドゥーゼン教授らの前に、容疑者全員の堅牢なアリバイが立ちはだかった。巨躯の探偵ネロ・ウルフまでも加わっての試行錯誤の末、彼らの一人が犯人として一人の人物を指名した――
[深川's Review]
 些か展開が強引であること、登場した探偵陣が同時代に所属していたこと以外に競演する必然性があまり感じられないことなどから、同じく書き下ろしである「真説ルパン対ホームズ」に較べるとやや劣る出来と見えてしまう。ただ、トリックの独創性と、恐らく一番描きたかったであろう二人の探偵に纏わる着想は突出して素晴らしい。以前芦辺氏がちらと漏らしていたとおり、あの痛烈な舌鋒を誇るファイロ・ヴァンスがこの方の手に掛かると何処か善良さを滲ませてしまうのが悩みだが、だからこそ余計な気遣いがなく読めるというもの。はっきり言って私はオリジナルのヴァンスはあまり好きじゃない。ともあれ、物語としての疵はそここに見いだせるものの、ある探偵のファンとしても私には否定できない一篇である。
《ホテル・ミカド》の殺人〔改訂版〕
『創元推理9』(東京創元社・1995年6月30日付発行)初出作品を改訂
 1933年、カリフォルニアにある日系人たちの経営する宿泊施設ホテル・ミカドの一室で奇怪な事件が発生する。現場には片手に日本刀を携え切り開かれた腹部から血を流し、宛らヒンズー教の礼拝を行うような姿勢で絶命している男と、心臓を打ち抜かれたブルネットの女、二つの屍体が残されていた。たまたま現場に居合わせたチャーリー・チャン警部と私立探偵サム・スペードの前にはエキセントリックな日本人たちが入れ替わり立ち替わり出没し、二人の死者について好き勝手な証言を試みて、捜査陣を辟易させる――事件はけれど、ある日本人の発言によって意外な真相を曝け出した。
[深川's Review]
 一連のパスティーシュ作品の中で、最初に執筆されたもの。発想的には、書き下ろし二作の習作と捉えられる側面もある。名探偵のパスティーシュを日本人が描くことで日本論を問うことが出来る、という芦辺氏の説の発端とも言え、作品の出来以上に興味深い一篇である。ミステリそのものとしては、密室の仕掛けではなく状況を克明に描くことで成立する仕掛けが着眼であり、それがこの時代設定の中で描かれる必然性も考慮されている辺り、非常に周到である。〔改訂版〕とあるのは、初出時には探偵たちの姓名が伏せられていたものを、「贋作集」に収めるに当たって開いたことからだそうだ(手許に資料はあるが深川は未確認)。初出『創元推理9』は現在でも書店で取り寄せが可能の筈なので、興味のある方は見比べてみるのも一興かと。
黄昏の怪人たち
芦辺 拓・編『贋作館事件』(原書房・1999年9月9日付初版)初出
 幼い頃、理解に苦しむような経験をしたことは多分誰にでもある筈だった。その中でも私の友人が話すそれは飛び抜けて奇怪な代物であると言えよう。彼が聴かされたのは、実在した探偵明智小五郎怪人二十面相の知られざる冒険譚だった。草小路家の秘宝「バブルクンドの宝剣」を奇抜な手口で盗み出した二十面相を袋小路に追いつめた警察は、そこで失神した二十面相と、宝剣で刺し殺された男性を発見する。密閉状況から警察は二十面相を殺人犯として拘留するが、明智は宿敵が殺人を犯したとは考えられず、独自に捜査に乗り出した――
[深川's Review]
 この直後から執筆を開始されたらしい長篇『怪人対名探偵』の予兆とも言える、江戸川乱歩少年探偵団シリーズのパスティーシュ。トリックやプロットはいかにも少年向け作品を思わせるチープなものを採用しているが、それ故に作品全体に漂う郷愁が強く、幼い頃に見た夕焼けを思い起こさせるような不思議な優しさが感じられる一篇である。語り手の設定や結末の付加要素を蛇足と見ることも出来るが、芦辺氏が乱歩のパスティーシュを描く意義、という見地から思えばやはり外せまい。
田所警部に花束を
芦辺 拓・有栖川有栖・二階堂黎人・編『鮎川哲也読本』(原書房・1998年9月8日付初版)初出
 鮎川哲也の作品群において、唯一星影龍三鬼貫警部双方の世界に出入りすることを許された人物・田所警部。彼を囲んでの懇談の中で、田所警部は二人の著名な探偵達に纏わる最近の、特異なエピソードを開陳する。それは、二人の探偵がそれぞれ不得手な類の事件と対決せざるを得なくなったという話で――
[深川's Review]
 初出が『鮎川哲也読本』ということもあって、鮎川作品研究といった趣が濃い。鬼貫もの星影もの両シリーズを一度に味わえる贅沢さ。ただ、それ故になのか双方の仕掛けがやや安直なのが残念。終盤でのある解明も、結局当人の告白なしには証明できないものだったのがマイナスではなかろうか。
 因みに、私の見た処、本編が本書中最も登場する探偵の数が多い作品である。どうしてそうなるのかは……読了後じっくりと考えていただきたい。
七つの心を持つ探偵
『小説工房創刊号』(徳間書店・1995年6月10日付発行)初出
 ある晩のこと、出張先から新幹線で帰ってきたビジネスマンが、翌朝、自宅の書斎で死体となって発見されました。ごく普通の人間である被害者は、これもごく普通の犯人に、ごく普通に殺されたのでした。
 でも、ただ一つ普通の事件と違っていたのは……このお話の語り手が突如、人格変換を起こしてしまったことなのです。それも次から次へと、いろんなタイプの探偵に!(※本文冒頭からそのまま引用。これ以上の紹介はしようがない)
[深川's Review]
 いやだから粗筋に全て尽きてしまうんだってば。ミステリというジャンル性がしばしば陥りがちな自家中毒ぶりを思い出させて、マニアであればあるほど苦笑を禁じ得ない作品。これは自らをも含めた全ての好事家に対する皮肉、と捉えるべきだろう。しかしだからこそ楽しい短編だ、と言ってしまうのはマゾっ気を出しすぎかも知れないけど。
探偵奇譚 空中の賊
『別冊シャレード20号・芦辺拓特集』(甲影会・1996年8月)初出
 その頃龍動は迷宮男爵なる兇賊が巷間を騒がせていた。迷邨豪堂(原名ゴードン、メーソン)の許にはやがて祝言を挙げる予定の娘の略奪を予告する手紙と共に、迷宮男爵から迷邨の所有する黄金仏陀像の強奪を予告する手紙が届き、迷邨を大いに悩ませた。蘇格蘭囲地(スコットランドヤード)の旗村刑之進(ヂヨーヂ、パターソン)、素徒探偵の浪蘭安利(アンリ、ローラン)の助力を得てこれに対抗せんとする迷邨であったが……
[深川's Review]
 パスティーシュという趣向が窮まるとここまで辿り着いてしまう、という証明。プロットやトリックなどは「黄昏の怪人たち」と同趣向ながら、特異な表現方法故に対照的の感がある。あまりに遊びが勝ちすぎて、涙香の時代の作品群に興味がない人々は引いてしまわないか、と思ったが。
百六十年の密室――新・モルグ街の殺人
『幻想文学55号』(アトリエOCTA・1999年5月31日付発行)初出
 森々星人と名乗る者の招聘を受けた森江春策探偵はまるで都市の片隅に取り残された異空間のような一郭に足を踏み入れる。古い記憶の中に押し込められたある事件の舞台を想起させるその空間で、森江春策は百六十年前の冤罪を告発した。
[深川's Review]
 サブタイトルの「新・モルグ街の殺人」は本書収録に当たって追加されたもの。ない方が驚きを与えられるようにも思うが、本書の性格から思えば、断った上であえて挑戦する辺りに意義がある、と判断されたのだろう。その論理の是非は読者各自が考察すればいいことだが、数種の訳書と取り組み果敢に挑戦したことそのものは評価されて然るべきだと思う。

[深川's 総評]
 実はここだけの話、深川は所謂名探偵物の熱心な読者ではない。方々で自称しているとおり、エラリー・クイーン、そしてレイモンド・チャンドラーだけは全長篇を読破しているが、チャーリー・チャンやアルセーヌ・ルパンには手もつけたことがないし、ヴァンスは代表作の『僧正殺人事件』と『グリーン家殺人事件』を読んだのみ、更には江戸川乱歩の少年探偵団は見たこともないし、ホームズでさえ『冒険』一冊を読んだだけ、という為体である。だが、芦辺氏独特の外連味と映像感覚に溢れた文体が、ホームズが闊歩しルパンが暗躍し、ヴァンスが身を反らしたこれらの時代を表現するのに相応しく、まさに水を得た魚のごとく舞い踊っているのが心地よく、知識の有無に関わらずそのオールドファッションな空気に親しむことが出来た。この気持ちが些少なりとも理解できるなら、文句なく楽しめる一冊であると断じよう。

(2000/5/4)

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単独名義
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