芦辺 拓『明智小五郎対金田一耕助 名探偵博覧会II』
1) 原書房 / 四六判ハード(MYSTERY LEAGUE所収) / 2002年12月3日付初版 / 本体価格1800円 / 2002年12月28日読了 [bk1で購入するamazonで購入する]

原書房版 2000年に刊行され好評を博した『名探偵博覧会 真説ルパン対ホームズ』に続くパスティーシュ作品集。

明智小五郎対金田一耕助
本書のための書き下ろし作品
 昭和十二年の商都大阪。この地に相次いで、既に日本中にその名を知られた紳士と、のちにその名を馳せることとなる好青年、2人の「名探偵」が訪れた。その後者――金田一耕助は、老舗の薬屋・鴇屋蛟龍堂(ときやこうりゅうどう)本家の実質上の主・喜池初恵に、鴇屋の本家と元祖の長年に亘る因縁も絡んだ怪事を解決するために招かれたのだ。だが、金田一が到着した晩のうちに、彼の目前で凶事が発生した。果たして若き名探偵はこの謎を解けるのか、そして明智小五郎はこの事件にどう関わってくるのか――?
[深川's Review]
 中篇とは思えないどんでん返しの繰り返しは、それだけでミステリとして読み応えを感じさせるものの、芦辺氏のお抱え探偵である森江春策と金田一耕助の言動が被ってしまい、どうしてもパスティーシュと言うよりは普段の芦辺作品、という印象を齎してしまう。そもそも森江探偵じたいがこの2人の有名すぎる探偵役を下敷きのひとつとした造型となっているために、余計そうした感想が拭いがたくなってしまうようだ。
 比較的よくある趣向を用いながら捻りを連続し、個々のトリックにも好事家をニヤリとさせるような遊びを施しながらも、パスティーシュとしては物足りない印象を与えてしまった、というふうに読んだ。

フレンチ警部と雷鳴の城
『ミステリマガジン4月号』(早川書房・2001年4月1日付発行)初出
 夫人のエミリーとともに久方ぶりの休暇旅行に出向いたフレンチ警部は、道中ちょっとした誤解から「ディテクティヴ」として《雷鳴の城》を訪れる羽目になる。先の当主キャロウェイ准男爵の早過ぎる死以来、城の所有権を巡って准男爵の子女ハリエットと事務弁護士のグレゴリー・B・マナリングとのあいだに鍔迫り合いが繰り返されてきたが、ハリエットが成人したことでマナリングが後見人の任を解かれ、関係者が一堂に会したこの日に転機が訪れようとしていた。やがて、土地の伝説を再現したような殺人事件が発生し、フレンチは本来招かれるべきだった「ディテクティヴ」F氏とともに捜査に乗り出す。
[深川's Review]
 初出誌で行われたディクスン・カー特集に寄稿した作品……のわりに何故かクロフツの探偵役がメインだが、無論そこはそれ、きちんと重要な意味を持ってくるのは職人技。
 ただ、『明智対金田一』同様に文章世界が芦辺氏本来のそれに近く、また題名にフレンチ警部を掲げたわりには全体にカーの雰囲気を纏ってしまったのは、この短編集で初めて本編に触れた読者には難と映るかも知れない。その代わり、主体となる推理はカー愛読者ならばなるほどと頷かせられるだろう。同時に、カー作品に思い入れのない読者には「ふーん」で終わってしまいそうな欠点も孕んだ、諸刃の剣のような秀作である。
 伝説を巡る謎解きがあまりに専門的な知識に依存しているため、評価がちょっと下がってしまったが、これは好みの問題だろう。

ブラウン神父の日本趣味(ジャポニスム) ※小森健太朗氏との合作
芦辺 拓・編『贋作館事件』(原書房・1999年9月9日付初版)初出
 日本の美術品・装飾品蒐集を趣味とした妻を持つアルフレッド・ハンチントン卿が、コレクションのひとつである長持ちの中から射殺死体となって発見された。だが、関係者たちが語る発見当時の状況からすると、現場は密室であり犯人が逃げ出す余地はない。ハンチントン卿に生前警護を依頼されていた探偵は、旧知のブラウン神父に真相解明を請う。
[深川's Review]
 恥ずかしながらブラウン神父は未だに読んでおりません。故に、本編のパスティーシュとしての出来は私には詮議できないのだが、突破口となる着想だけでも秀逸な一篇。

そしてオリエント急行から誰もいなくなった
『ミステリマガジン2002年1月号』(早川書房・2002年1月1日付発行)初出
 大陸を横断するオリエント急行のなかで殺人事件が発生した。だが乗客たちは事件当時停車していたユーゴスラヴィアの警察を信用せず、他国の刑事と名探偵が同乗しているのをいいことにさっさと出発してしまう。ユーゴの刑事達は頭を絞り、その真意を探った。
[深川's Review]
 パスティーシュ、というよりはクリスティ作品を違った観点から眺めた物語、というところである。幸い題名の元となった2作品を読んだ私は膝を打つほど感銘を受けたのだけど、一般的な読者はやっぱり「ふーん」程度で素通りしてしまうかも知れない……尤も、およそミステリファンを自称する人間でクリスティのこの2作品を読んでいない方が珍しい、とは思うのだが。

Qの悲劇 または二人の黒覆面の冒険
『ミステリマガジン2002年5月号』(早川書房・2002年5月1日付発行)初出
 専業作家となり脂の乗った健筆ぶりを発揮していたエラリイ・クイーン両氏は、その匿名性を利用して一風変わった講演活動を行っていた。だが、訪問先のデトロイドで思いがけず殺人事件に遭遇し、探偵役に祭り上げられてしまう。彼らは先達ヴァン・ダインの轍を踏んでしまうのだろうか――?
[深川's Review]
 諸条件から作中人物であるクイーンを採り上げられなかった点は本書のあとがきで著者自身が触れているが、そのお陰で思いがけず成功を収めた一本だろう。当時の記録からクイーンという未だに謎に包まれた合作者たちの行動や内面について想像を膨らませ、その上でクイーン独特のロジックを用いた解決を描き出した点において、従来とは異なったパスティーシュに仕上がっている。但し、それだけに最後のセンテンスをどう捉えるかによって評価は割れそうだ。

探偵映画の夜
『ミステリマガジン11月号』(早川書房・2001年11月1日付発行)初出
 古い探偵映画の収集に明け暮れていた探偵作家が、ある夜殺害された。偶然にも四方を監視された状態であった室内には、奇妙なマスクを被った人物が目撃されたにも関わらず、飛びこんだ警官が発見したのはマスクと探偵作家の物云わぬ骸だけ。犯人はどこへ消えた?
[深川's Review]
 第二次大戦前に海外で多く製作され消えていった探偵映画へのオマージュを籠めた本格ミステリであり、やはりパスティーシュと思うと趣が違う。きちんとトリックも合理的解決も存在するが、前後に添えられた稚気が楽しい。

少年は怪人を夢見る
水木しげる・監修『変化 妖かしの宴2』(PHP研究所・2000年10月16日付初版)初出
 密室のなか、いましも着火する間際の爆弾の傍らに束縛された少年は、不運かつ数奇な半生を脳裡に甦らせる。
[深川's Review]
 一種の幻想小説と言えようか。ある作家の膨大な著作に繋がるキーワードを随所に埋めこみ、それらが導く結末は奇妙な感覚を齎す。ミステリ的な興趣がないせいで、最も毛色が異った印象だが、実はパスティーシュとしての完成度はいちばん高い。エピローグとして本書の掉尾に相応しい内容と言えるだろう。

[深川's 総評]
 ある意味最も芦辺氏らしい、パスティーシュという様式を全面に打ちだした作品集の第二弾にして、ひとまずこの趣向の打ち切りを宣言したことも含めて重要な1冊である。
 稚気が横溢していた前作と較べると、東西の著名な名探偵を起用する、そしてそれだけの意義のある仕掛けを用意する、といった縛りが著者のなかできつさを増したせいなのか、やや窮屈な印象がある。上記の感想を御覧いただければお解りだろうが、文体模写までも含めた語義通りのパスティーシュになっていないこともその一因だろう。
 が、それぞれの探偵の特性や、オリジナルの作者に関する細かな情報を利用したプロットや仕掛けは巧い。パスティーシュとして読むとどうしても物足りない面があるが、探偵小説への愛着そのものを仕掛けに転用した作品と捉えれば完成度は前作に決して劣らない。
『真説ルパン対ホームズ』の刊行に始まった、芦辺氏の探偵小説そのものをモチーフとした創作スタイルは、各種ランキングで上位に挙げられた『グラン・ギニョール城』と本書によってピークに達した、と言えるだろう。今後の芦辺作品を占う上で、『グラン・ギニョール城』とともに重要な位置を占める1冊となったことは間違いない。
 それにしても、出来れば装幀は前作を踏襲していただきたかった。出来れば。

(2002/12/28)

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単独名義
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