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芦辺 拓『十三番目の陪審員』 -森江春策シリーズ(6)-
1) 角川書店 刊 / 四六判ハード(新本格ミステリー書き下ろしシリーズ所収) / 1998年8月30日付初版 / 本体価格1900円 / 2000年5月19日読了
2) 角川書店 刊 / 文庫版(角川文庫所収) / 2001年8月25日付初版 / 本体価格648円 /

角川書店版<作品概要>
 困窮する作家志望の青年・鷹見瞭一は、頼みとする先輩・船井信から「人工冤罪」なる奇妙な計画を持ちかけられた。あらゆる策を用いて架空の犯罪を捏造し、その容疑者として逮捕、起訴される間の出来事をルポルタージュとして纏め、警察における犯罪容疑者の扱いや冤罪の社会的温床を告発する、という趣旨の企画だった。その内容に疑念を抱きつつも、この機会を逃しては一生表舞台に立つ好機は得られない、と踏んだ瞭一はその申し出を承諾する。
 かくして奇妙な「完全犯罪計画」は幕を開けた。鷹見は船井に導かれるままに、科学的に他人になるための措置を受け、一方知られざる共犯者は誤情報を駆使して犯罪の目撃者を現場まで道案内する。まんまと乗せられた目撃者たちとは、ベンチャー企業の若きビジネスマンたちであった。彼らは海千山千の者たちに騙されて発行した白地手形によって事業崩壊の危機に瀕しており、その現状を打開する証拠が得られるという情報を与えられてその場に身を潜めた。だが、彼らの弁護担当としてその場に居合わせることとなった森江春策は、目撃した一部始終に不審の念を抱く。根拠こそ無いものの、自分の与り知らぬところで蠢く策動を感じたのだ。
 ほどなく鷹見瞭一は司直の手によって捕縛された。だが、彼に掛けられた嫌疑は「人工冤罪」計画に基づく架空の犯罪ではなく、数ヶ月前に発生した婦女暴行殺人事件に纏わるものだった――!
 奇しくも時を同じくして実施された陪審制度によって裁かれることとなった鷹見の弁護を受諾したのは、奇縁によって結ばれた森江春策。依頼者の名誉と生命とを守るため、壮大な妄言にまで陥れられた「人工冤罪」の真意を探し求めた森江は、やがて事件の本質に潜む大いなる陥穽を見いだす――

※ ※ ※

角川文庫版<深川's Review>
 度肝を抜かれた。読後の今、それが一番率直な感想である。
 本書に鏤められた様々なパーツ――「冤罪計画」、「DNAの改竄」、「日本における陪審制の導入」――は扱い方次第で荒唐無稽の誹りを禁じ得ない代物ばかりなのだが、ことに「陪審制が新たに導入された日本」という近未来を舞台にしたパラレルワールドを設定し、他にも随所に細やかな細工を施すことで、クライマックスの大どんでん返しまで見事な筋道をつけている。ことに深川は訳あって芦辺氏の作品を『時の誘拐』→『死体の冷めないうちに』→本書、という順序で、さほど間を置かずに立て続けに読んできた所為か、本書のクライマックスに、一連の作品で繰り返し取り沙汰したあるテーマの総決算的な意味合いを感じた。これらの作品の底流にあるのは、行政・警察・マスコミのある体質についての徹底した不信感だが、本書は敢えて(こういう言い方は忸怩たるものがあるのだが)現実にはあり得そうもないパラレルワールド――芦辺氏はあとがきにおいて「近未来」という語を用いているが――を構築し、その舞台を存分に活用することで従来の主張に肉付けを施し、旧作にない圧倒的な説得力を与えることに成功している。
 こう書くと啓蒙主義的に過ぎた作品と聞こえるが、結論に達するまでの過程は実に必然的・合理的であり、その筋道は純粋なエンタテインメントとしても堪能できるレベルに達している。本格ミステリとして捉えた場合、証拠の提出や推理の根拠がやや遅れ気味に提出される点に恨みはあるものの、本書においては「裁判そのものに仕掛けられた完全犯罪」が眼目であり、その完全犯罪のからくりを頭脳でもって解き明かし突き崩していく様は、アリバイ崩しものや密室ものを読む際のような興趣を齎すものであり、決して傷とはならない。
 ただ、あまりにも僥倖に頼りすぎていたり、同時に御都合主義と捉えられるような展開もあり、それがあまりに大規模な舞台設定故に些か浮かび上がって(浮いて、ではなくて)しまっているのが辛い。また、あまりにも事件の推移に労力を注ぎすぎた所為か、登場人物が類型的であったり平板であったりし、とりわけ森江春策と共に物語の牽引力となるべきだった被告・鷹見瞭一の造形に魅力が乏しかったのはいただけないように思う。これ程作品としての必然性に富み、かつ堅牢なパラレルワールドを築き上げたのだから、そこに乗じて徹底的にディテールを描き込んで欲しかった――というのは贅沢すぎる望みだろうか?
 ともあれ、部品の一つとして忽せにしない構築美は称賛に値する。舞台設定にまで気を払った日本流リーガルサスペンスとして、やや屈折した構造を持つ本格ミステリとして、見逃せない一冊だろう。それにしても芦辺氏はこういう「変態」的な設定で本領を発揮される方だ(誉めてます)。

(2000/5/19)

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