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芦辺 拓『時の密室』 -森江春策シリーズ(10)-
1) 立風書房 刊 / 四六判ハード / 2001年3月5日付初版 / 本体価格2200円 /

立風書房版<作品概要>
 開化間もない大阪には、異国が存在した。安治川と木津川に挟まれた土地・川口に、様々な事業のために日本に滞在する外国人の滞在する居留地が設けられていたのだ。開国直後の治水事業に携わったオランダ人G・A・エッセルもまた、当時この地に日本人妻を得て寓居を構えていた。だが、政府の急進的な欧化政策はオランダ出身技師たちの理念と噛み合わず、エッセル自身本来請け負っていた淀川治水事業よりも鳥取や三国といった地方での仕事が増え、居留地を空けがちになっていた。坂井港での作業をひと段落させ、大阪に帰還したエッセルは、だが突如暴漢に襲われ、馬車の車室に閉じ込められた。限られた狭い視界から、エッセルは自分が居留地内部の何処かに連れ込まれようとしていることを悟る。そして、当時としては珍しい洋風建築の一室に押し遣られたエッセルは、そこで斬殺された死体を目の当たりにする。暴漢達の会話から察するに、どうやら彼はその殺された男――エッセル自身その悪評を耳にしたことのあるハンス・ベームラーと誤解されて拉致されたようだった。状況を確認するために目を凝らすエッセルだったが、再度の殴打で意識は闇に――。
 目醒めたとき、エッセルは火に包まれた《ベームラー商会》の建物の中で発見され、危ういところで救出される。一部始終を話すエッセルだったが、奇妙なことに《ベームラー商会》の事務所からそれらしき死体は見つからなかった。有能とは言い難い居留地の警官は、ベームラーの生死すら確認できない。何らかのトリックを以て別の建物を《ベームラー商会》と思い込ませたと考えるが、うまい解釈は見つからなかった。やがてエッセルは再び出張し、そのまま川口居留地に戻ることなく、祖国への帰途に就くことになる――
 時代は飛んで、21世紀を間近に控えた春。刑事事件専門の弁護士にして素人探偵としてもささやかながら知られた森江春策は、当番弁護士としてひとりの容疑者と接見する。町金融の経営者・宇堂祥吉を殺害した罪に問われたその人物汐路茂は奇妙な体験談を森江に語った。その夜、かつての怨みを呑んで宇堂のあとを尾けていた汐路は、人気のない薄暗い路地で突如、見えぬ魔手に襲われたかのように苦しみだし、倒れ伏した宇堂を見た、と言うのだ。一方で、目撃証言は汐路の犯行を裏付けているかのように思える――汐路を勾留する警察の態度にも不審を感じた森江は、当番弁護士の立場を越えて汐路と宇堂の関係を探り始める。その因縁は昭和四十年代、学園紛争の時代に遡るものだった――
 明治九年に発生した奇妙な事件、昭和四十五年安治川水底トンネルでの殺人事件、そして現代、宇堂祥吉の死から立て続けに発生する怪事――依頼者の疑惑を払拭するため、交叉しながらも繋がらない一連の謎に、森江春策が果敢に挑む。

<深川's Review>
 ああ粗筋が書きづらいったら。それもこれも、輻輳したプロットの所為である。
 冒頭では遊覧船アクアライナーに乗船中の森江を、次いで文明開化直後の混沌とした大阪外国人居留地で発生した事件を、そして冒頭からやや時間を戻って現代の路上で発生した奇妙な殺人事件を描き、更に昭和四十五年の殺人と万国博覧会での脅迫事件が挿入され、それぞれに解釈・推理が入り乱れる。探偵役として一時にすべての事件に関わってしまった森江の混乱がそのまま読んでいるこちらに感染してきて、落ちつかない。否定的な意見ではなく、その思いが自然とページを繰らせてしまう。
 解決せねばならない問題が多いため、必然的に終盤での解決がばたばたとやや整理しきれていない印象を与えてしまうのが難点である。また、大半の事件が広義の密室殺人となっていることも、ミステリ知識の薄い読者に題名の持つ意味を伝えきれず散漫な余韻を齎す一因となりうるようにも思う。
 だが、こと本格ミステリとしては事件個々の密度と書き込みもあって異様な厚みを感じさせる。複数の事件が絡み合うなかで、試行錯誤と一転二転する推理、そして納得のいく決着が描かれており、ミステリ本来の醍醐味を求める向きを決して裏切らない仕上がりである。
 散漫な印象、と表現した複数の事件が混然とした描き方も、作中で重要なモチーフとなるM・C・エッシャーの美術へのオマージュを意識した作品だからこそ、であろう。この奇妙な不安はこれまでにない、独特の浮遊感を演出するためのものであり、成果でこそあれ疵と評するのは間違いだろう。先んじる姉妹編『時の誘拐』、そして本書に次いで書きおろされ本格ミステリ大賞第2回候補に挙がった『グラン・ギニョール城』と共に、芦辺作品を語る上での里程表となる一篇。

(2002/10/01)

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