芦辺 拓『赤死病の館の殺人』 -森江春策シリーズ(11)-
 1) 光文社 / 新書判(カッパ・ノベルス所収) / 2001年7月30日付初版 / 本体価格819円 / 2002年9月17日読了

カッパ・ノベルス版<作品概要>

 森江春策シリーズ11冊目の単行本であり、2冊目の短編集。書き下ろしの表題作はじめ、先の短編集『探偵宣言』と較べてやや長めの中篇ばかりを収めている。以下、作品ごとの粗筋と深川によるレビュー。

赤死病の館の殺人
本書のための書き下ろし
[粗筋]
 雇い主森江春策に半ば強制的に休暇を取らされた新島ともかは、旅先で道に迷い、発見した館に助けを求める。勘違いから一度は別の客扱いされたともかだったが、間もなく現れた当人――小清水沙耶の口添えでどうにか宿を得ることが出来た。通されたのは、扉を開けるごとに横に折れて広がり、おのおの一色に塗り込められた部屋が連なる奇妙な館だった。奥から三番目に当たる青の部屋で床に就いたともかはその夜、怪異の目撃者となるのだった――
<深川's Review>
 二部構成で緊密な雰囲気のある中篇。冒頭の勘違いから終盤間際の捕物に至るまで一種戯画的なイメージがあり、その辺で評価が分かれるかも知れない。この戯画的、という印象は本書に収録された作品の殆どに当て嵌まることで、本格ミステリ本来の遊戯性からすると致し方ない点ではあるのだが、受け手を選んでいるようで些か勿体ない。

疾駆するジョーカー
初出 二階堂黎人・編『密室殺人大百科・上』(原書房)
 粗筋・感想共にこちらにあります。

深津警部の不吉な赴任
初出 『小説宝石2001年2月号』(光文社)
[粗筋]
 先頃発生したあるスキャンダルのために混乱の直中にある、とある地方の警察署に、キャリア候補の深津警部が赴任してきた。署を挙げてのお出迎えが執り行われたその直後、管内では稀な事件が発生する。赴任したばかりの深津警部も参加しての捜査は、まったく思いも寄らぬ方向に発展して――たまたま居合わせた素人探偵・森江春策がとんでもない真相を看破する。
<深川's Review>
 今回の収録作中最も大胆で実験的な匂いのする作品。ただ、絡繰りのとある要素が他の収録作と同系統のものである所為で、必要以上に似通った雰囲気を醸し出しているのがやや残念。戯画的という意味では『赤死病の館の殺人』よりも派手で、その短さと相俟ってインパクトも強い。

密室の鬼
初出 『GIALLO 3号』(光文社)
[粗筋]
 愛知県警の坪井警部補が出先の京都で押しつけられた厄介は、狷介な大学教授の身辺警護。衆人環視の研究室で、だが坪井警部補らの苦労も虚しく大学教授は殺害されてしまう。犯人は先進工学の粋を集めたロボットか、はたまた遠隔殺人を可能とする装置を設計した人物か――坪井警部補の窮地に、森江春策が立ち上がる。
<深川's Review>
 先進工学の間違った使い道を示した短篇――あながち冗談でもなく。
 それは兎も角、異様に手の込んだ真相はミステリ読者にとってはまさしく密室物へのオマージュとなっているが、入り組んでいるが故に解かれたあとも「そうかー?」と首を傾げたくなるような気分を残してしまうのも事実。

<総評>
 古典的な本格ミステリへの愛情は相変わらずで、作者の遊び心と創作上の冒険心に満ちた作風は更に高まりを見せている。が、同時に先んじる作品集『探偵宣言』と較べると、社会悪と言うべきものへの憤りが盛り込まれた作品中心になっていることがやや勿体ない。
 動機に社会性があったら社会派で本格と対立するもの、という紋切り型の分類などする気は毛頭ないが、それだけで作品のカラーをある方向に持って行ってしまう力があるのは事実で、動機や背景にそうした言及があるものが並ぶと、背景そのものは別であっても同系統に捉えられてしまう、という悩みがある。
 本編に収録されている作品はいずれもかなりトリッキーな作風であり、仕掛けの内容を検証するとそれぞれ異なった印象を齎すのだが、ここに似たような社会背景が絡んだことで共通性が浮き彫りになってしまい、作品集としてやや平板になってしまった。
 個々の作品について、それぞれの感想ではやや辛辣に書いているが、本格ミステリとしてのツボを押さえつつ、自らの信念も盛り込んだうえで娯楽に仕立てようとする徹底ぶりはお見事で、ひとつひとつは賞味に値する作品である。真っ向勝負の本格ミステリ――というか、探偵小説を読みたいと願う向きであればかなり堪能できるはず。

(2002/09/17)

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単独名義
『殺人喜劇の13人』 / 『保瀬警部最大の冒険』 / 『殺人喜劇のモダン・シティ』 / 『歴史街道殺人事件』 / 『時の誘拐』 / 『明清疾風録』 / 『地底獣国の殺人』 / 『探偵宣言』 / 『死体の冷めないうちに』 / 『十三番目の陪審員』 / 『不思議の国のアリバイ』 / 『名探偵博覧会 真説ルパン対ホームズ』 / 『怪人対名探偵』 / 『和時計の館の殺人』 / 『時の密室』 / 『赤死病の館の殺人』 / 『グラン・ギニョール城』 / 『名探偵Z 不可能推理』 / 『メトロポリスに死の罠を』

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