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芦辺 拓『怪人対名探偵』 -森江春策シリーズ(8)-
1) 講談社 刊 / 新書版(講談社ノベルス所収) / 2000年5月5日付初版 / 本体価格1050円 /

講談社ノベルス版<作品概要>

 素人探偵・森江春策を道化役とする一連のシリーズ八冊目の単行本。長篇作品としては七冊目に当たる。
 村下玲美は下校途中に暴漢に襲われ、頬に傷を負う。生涯残るかも知れない傷を受け入れ自らの心を癒そうと努力する少女だったが、ふと見回せば、彼女の身辺には怪事と不幸が積み重なっていた。母の営む喫茶店では飲料水タンクに異物が混入され暫くの休業を余儀なくされ、従弟・三谷駿は誘拐、その父親・良行は駅構内で線路に突き落とされ、母親・みち子は悪質な悪戯で手を傷つけ暫く仕事が出来なくなり、元気だった祖父は間もなく人為的に植え付けられた癌によって命を落とした。不穏な兆候に戦く玲美を慰めようと級友が招いたコスプレ・パーティーで、玲美は「怪人」と出会う。その人物は、遠回しに連続する悲劇を予告して忽然と姿を消した。
 新たなる犠牲者を求めて暗躍する『殺人喜劇王』。その動静と過去の幻影に怯える、非人道的な精神に足場を築きあげた企業戦士。エスカレートしていく『殺人喜劇王』の犯行に、やがて立ち上がる探偵・花筐(はながたみ)城太郎とその少年助手――そして、玲美の依頼を受けた森江春策弁護士。だが、『殺人喜劇王』の魔手は森江にも忍び寄る。
 大時計での磔刑、空中縊死、劇薬による人間溶解――悽愴絢爛たる殺人喜劇。奇怪な様相を呈する事件に、森江探偵は如何なる形で幕を降ろすのだろうか――?

<深川's Review>

 講談社ノベルスにおける前長篇作『地底獣国の殺人』もそうだったが、芦辺氏は斯様にある種の浪漫的な要素を本格ミステリに取り込むことに意欲的であり、巧みである。本書もまた、大乱歩が一連の通俗作品と呼ばれる長篇世界において頻繁に用いた「怪人VS名探偵」という図式を、常套的な部品――迷宮、怪しげな作家、犠牲となる可憐な少女、人を隔てず迫る魔手、古典的な名探偵と少年助手、囚われの美女、水責め、仮装舞踏会(というかコスプレ宴会)、大時計における磔刑、空中絞殺刑、etc――を配することで現代に移植しながら、伏線と手がかりを随所に鏤め歴然たる本格ミステリに仕立て上げることに成功している。前者が往年のミステリファンと、そうした魅力溢れる名探偵と怪人たちを創出した先人たちへの共感と敬意の表明であるなら、後者はそうした優れた作品群を知らない、ごく新しい世代の読み手に対する果敢なアプローチであり、やもすると忘れられかねない現状にある「探偵小説」の魅力を伝えようとする意欲的な試みであると言えよう。
 また、大時代的とも映る『殺人喜劇王』の犯行場面描写に、同時期に刊行された『名探偵博覧会 真説ルパン対ホームズ』収録の短篇「黄昏の怪人たち」に於いても採用した少年ものの文法と展開、そして常通りの森江春策を軸としたエピソードとを複雑に絡めることで、虚構と(作中での)現実との端境を見失わせ、独特の酩酊感をも味わわせてくれる。『殺人喜劇王』の悪辣非道な行いに瞠目し憤り、見えない魔手に怯える少女に同情し、少年助手の目を通した探偵の活躍に心躍らせる、その展開の巧みさは乱歩の一連の通俗長篇を彷彿とさせ、頁を繰る手がもどかしく思えるほどに楽しい。
 無論、難点もある。物語の必然性故とは言え、犠牲者が一部の人物の周辺に集中し、『殺人喜劇王』の犯行が世間の耳目を騒がせている様が今ひとつ伝わってこない点。あまりに錯綜しすぎた人間模様と謎のからくりとが終盤50頁程度で急激に解き明かされるため、「怪人」の暗躍や名探偵、少年助手、可憐な少女らの危機に意識を傾注して読んでいた者にはその論理展開が即座には理解しづらく思われる点などである。ただ、後者は再読の意欲をそそる、という意味では、一部の読み手にとっては有効な手法であるとも言えるのだが。この懐かしさを滲ませる世界観に憧憬を持つ読者にとって、物語のあまりに速やかな完結は寂しいことだし、幾度も読み返す理由ともなり得る後者は翻って長所と捉えることも出来よう。
 もう一点、厳しく見てしまえば、探偵である森江春策の行動がどうも全体に大袈裟すぎるように思われることも難点だが、こうした舞台であまりに現実的な対応ばかりされても却って興を殺ぐばかりだろう。つまり、この舞台だからこそ、「探偵」として相応しいアクションが初めて出来たとも言え、伝統を受け継ぐために案出された「素人探偵・森江春策」として、本編が初めての面目躍如とも考えられる。もう地味な探偵なんて言わせない――と言っても、最後まで心優しい彼の佇まいはどうしても地味で控えめに映ってしまうのだけれど。
 ともあれ、本格探偵小説作家・芦辺拓にとって本書はその本領を余すところなく発揮した一品である。個人的には、身贔屓抜きで年内のベスト候補に挙げたいぐらい。ネット内での前評判を見ると、講談社ノベルスの同時発売作品の中では一番注目が低いようだが(あくまで私がそう感じただけだけど)、勿体ないと思うぞ。心の底からお勧め。

(2000/5/8)

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単独名義
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