芦辺 拓『歴史街道殺人事件』 -森江春策シリーズ(2)-
1) 徳間書店 刊/新書版(トクマノベルズ所収)/1995年8月31日付初版/本体価格777円/1999年10月24日読了
2) 徳間書店 刊/文庫版(徳間文庫所収)/1999年6月15日付初版/本体価格533円/

トクマノベルズ版<作品概要>

 芦辺拓の第四長篇にして、素人探偵・森江春策が『殺人喜劇の13人』以後初めて登場した本格長篇である。本編は徳間文庫収録に際してリーダビリティの向上を狙った加筆が行われているが、本レビューでは新書版をテキストとして利用した。その点了解の上御高覧を願う。両者の差異については機会と筆者の気力があれば改めて触れようと思うが期待は無用である。――などと戯れていないで本論に移ろう。

 名神高速天王山トンネル出口に頭部、奈良町の古風なポストに右腕、伊勢志摩イスパニア村のコインロッカーに左足、宝塚の廃墟と化した旅館に歪なトルソ。広域に渉ってばらまかれたバラバラ死体に警察・マスコミが俄に騒然としはじめたのと同じ頃、新聞記者を辞し弁護士として独立したばかりの森江春策は、かつての恩師の紹介によって本業ではない人捜しの依頼を受ける羽目になる。行方不明となった川越理奈が、自分にとって因縁のある旧友・味原恭二と交際があったことを知り、森江は嫌々ながら味原の許を訪れた。久しぶりの邂逅に感慨を抱く暇もないうちに味原の身勝手に引っ張り回され、森江はゲームデザイナー・白崎潤と味原のかつての共同経営者・稲荷克利、二人の怪死事件に巻き込まれた。だが、間もなく先のバラバラ死体の素性が判明するに伴い、伊勢−神戸間を結ぶ『歴史街道』を舞台とした悲劇的な事件の全貌が明らかになっていく。愛惜と憎悪、様々な感情が入り乱れる中、歴史街道を彷徨する森江の知力は、やがて戦慄すべき真相を導き出した――

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徳間文庫版<深川's Review>

 「地名」に「殺人事件」を組み合わせノベルス媒体で刊行された辺りからも解るとおり、先んじる本格もの二作品に較べてより一般的な読者層を狙った造形である。前述の通り文庫化に際しては読みやすくするための加筆改稿を行っており、その辺りにも作者の拘りが窺われる。だが、駆使されているトリックはメイン・サブ共にかなりハイレベルのものであり、例によって錯綜する人間関係、緻密なタイムテーブルなどと相俟って読み応えは充分。森江春策の仄かな恋心なども描かれ、普遍性の高い娯楽作品を志しながらもハイレベルの本格ミステリを達成している。メイントリックには現実的な問題を感じないではないが(被害者が途中で失血性ショック死になる危険もかなり大きいように思われるのだが)、この程度なら傷にもなるまい。
 深川が少々惜しい、と感じるのは、本編と近作(1999/10/29現在)の『不思議の国のアリバイ』が、作品としてかなりテイストが似通ってしまっていることである。かたやゲームデザイン、かたや映画製作と双方ともクリエイティブな職業が絡んでいる(ただし本編では実際の制作過程などが描写されることはない)、本編が悲恋であるのに対してあちらはある恋の成就を描いている、など同一ではないものの対と考えられる部品が少なくない。ただ、その辺りは思うに端から作者の意図するところであり、読者は純粋に「対となるアリバイもの」として堪能すればいいのかも知れない。第一この類似が傷と見えるのも私が偶々二作を立て続けに読んでしまったからであり、リアルタイムで芦辺作品を追ってきた向きには寧ろ楽しい趣向だろう。敢えて読み比べてみるのも一興である。

(1999/10/29)

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単独名義
『殺人喜劇の13人』 / 『保瀬警部最大の冒険』 / 『殺人喜劇のモダン・シティ』 / 『歴史街道殺人事件』 / 『時の誘拐』 / 『明清疾風録』 / 『地底獣国の殺人』 / 『探偵宣言』 / 『死体の冷めないうちに』 / 『十三番目の陪審員』 / 『不思議の国のアリバイ』 / 『名探偵博覧会 真説ルパン対ホームズ』 / 『怪人対名探偵』 / 『和時計の館の殺人』 / 『時の密室』 / 『赤死病の館の殺人』 / 『グラン・ギニョール城』 / 『名探偵Z 不可能推理』 / 『メトロポリスに死の罠を』 / 『明智小五郎対金田一耕助 名探偵博覧会II』

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